ポスドクは今の半分以下でいい 「産学連携」を大学変革のトリガーに

「高学歴ワーキングプア」という言葉とともに、「ポスドク問題」が国会やマスコミで騒がれたのは、もう2年以上も前のこと。最近では報道もすっかり下火になってしまったが、問題はいまだ解決されていない。省庁からの多額の補助金に支えられ、行き場のないポスドクを増産し続けることは、日本の将来に暗い影を落とす。産学連携や研究人材のキャリア支援などの立場から日本のポスドク問題と向き合い、これまでも積極的な提言を行ってきた橋本昌隆氏(フューチャーラボラトリ代表取締役)に、改めてこの問題の背景と、解決の糸口を伺った。

──博士号を取っても就職先が見つからず、そのまま研究室に非常勤雇用として残るポスドクには、毎年多額の税金が使われていると聞きます。橋本社長は、就職先のない大学院は思いきって閉鎖したほうがよいと主張されていますが、その根底にある考え方をお聞かせください。

橋本昌隆・フューチャーラボラトリ代表取締役(以下、橋本社長) まず、ポスドクの数は今の半分以下で充分だと思っています。文系についてはあえて触れませんが、理工系の中で減らすべきはライフサイエンス、つまりバイオ系の学部です。科学技術政策研究所がまとめた2008年度の資料によると、全体で約18,000人いるポスドクのうち、38.1%に当たる6,844人がライフサイエンス分野です。また、日本国内では2003年から2008年の間に約70ものバイオ系の学部が増設されたと聞きます。

 その背景には、文科省が「21世紀はバイオの時代」などと盛り上げて、大学も補助金欲しさにバイオ系の学部をどんどん増やしてきたことがあります。ポスドクの雇用をおもに支えているのは、研究者ごとに申請して配分される競争的資金です。ただ、ポスドクの補助金というのはあちこちに巧妙に隠しこまれていて、全体額を把握するのはきわめて困難です。しかし、たとえば、内閣府が2007年に作成した資料によると、2005年度の競争的資金の総額は4,672億円で、そのうちライフサイエンス分野に分配された競争的資金は48%を占めています。ここには大学だけでなく企業などに分配された補助金も含まれていますが、抱えているポスドクの人数に比例して補助金の額が増減していると見てよいと思います。しかし、これだけ多額の補助金が付けられているにも関わらず、バイオ系の学部は社会に出てから活躍できる場が極端に少ないのが実態です。

 バイオ系に関わらず、世の中では相変わらず「ポスドク自己責任論」が絶えません。しかしポスドク問題は、そもそも文科省と大学側が自分たちに都合よく政策誘導してきた結果です。少子化によって学生数が減れば必然的に予算が削られてしまうので、それを嫌がる文科省が、91年に「博士倍増計画」を発表し、その後の「ポスドク1万人計画」、小泉首相の時代には、規制緩和の名の元に、学部や大学自体を自由に増やせるようにしてしまったわけです。

 文科省や大学側にとっては、「予算さえ取れればよい」という狭いムラ社会の考え方が蔓延していますから、教育の品質向上はおざなりにされ、結果的に本来博士号を取れるレベルではない学生にまで、博士号が与えられることになってしまいました。この状態を放置しておけば、日本の博士全体のレベル低下さえ招きかねません。

■「バイオ系」には、出口戦略がない

──しかし、バイオ系の学部は、なぜ社会で活躍できる受け皿が少ないのでしょうか。再生医療や安定的な食料供給など、社会的なニーズは高いようにも思えます。

橋本社長 たしかに、日本は食料自給率の問題なども抱えていますし、世界的にもニーズの高い分野ではあるはずです。しかし、たとえば遺伝子組み換え技術という点で見れば、日本のマーケットではなかなか受け入れられていないのが現実です。

 アメリカのバイオ系ベンチャー企業を見ると、開発した技術を大手製薬メーカーなどにM&Aで買い取ってもらうことが出口戦略となっていることがわかります。しかし、日本ではM&A自体が盛んではありませんし、株式公開を出口に求めたとしても、日本の株式市場の状態は良くありません。結局、日本ではバイオベンチャーにとって出口戦略がないまま、下からは人員ばかりがどんどん供給されてくる。それで行き場のない人間が、ポスドクとして大学に滞留するという現象が起こっているわけです。

 バイオベンチャーを本気で育てるつもりなら、社会制度を根本から変えるくらいの荒療治が必要ですが、これも一朝一夕にできるものではないでしょう。それならば、いっそ学部を閉鎖してしまったほうがよい、というのが私の考えです。

──バイオ系の学部で博士を取られた方は、その後どのような道に進まれているのでしょうか。

橋本社長 まったく関係ない仕事をしていたり、路頭に迷っていたりします。営業的なセンスとかマネジメント系のセンスがある人は、技術営業職とかにうまくスイッチしますが、一番悲惨なのは教授の召使いとして過ごしてきた人間です。

 とくにバイオ系というのは実験をいっぱいやりますから、人手は多いほうがいいんです。教授からすれば、あの手この手で大学院に残らせて博士課程に進ませれば、修士2年と博士3年の計5年間は学費を払わせつつ、大学院のスタッフとして使えるわけです。いわゆるアルバイト的な仕事しかさせていなくても、学位は与えられてしまいます。なぜなら教授にとって、5年間も通わせておきながら学位を与えなければ、アカデミックハラスメントで訴えられるリスクがあるからです。それで、博士号は持っていても技術アシスタントレベルという人間が、大量に輩出される結果を招いてしまっているのです。

■「材料系」にこそ、人材の重点配置を

──バイオ系の学部を思い切って縮小していくとしても、日本の国力を維持していくために、逆に増やしたほうがよい分野というのはあるのでしょうか。

橋本社長 あります。それは工学部系、中でもとくに材料系です。材料系は一度アドバンテージを取ると、なかなか後続が追いつけない分野です。ある化学メーカーでは、一瓶で数千万円もする材料があって、それは粒子をミクロン単位で制御できる非常に高度な技術のうえに成り立っているものですが、驚くことに原価はほとんどゼロだと聞いています。これは30〜40年前に開発された技術で減価償却も済んでおり、すでに世界シェアの8〜9割を握っているそうですから、今さら競合がひっくり返すことは不可能に近いでしょう。こうした日本人の器用さを生かせるものづくり系の分野では、重点的に人を配置していく必要があると思います。

──それでは、大学側がバイオ系の学部を縮小しつつ、工学部系のポスドクを増やすように判断して変えていけばよいのではないでしょうか。

橋本社長 バイオ系の学部を減らす判断を、わざわざ大学側はしないでしょう。これは文科省にも言えることですが、バイオ系の学部を閉鎖すれば、これまで自分たちがやってきたことを否定することになります。いわば責任を認めることになるわけで、「判断しない、責任を取らない」という文科省や大学の体質が、そう簡単に変わるとは思えません。政府主導で、バサッとやってしまうしかないと思います。

 一方で、こうした文科省や大学の体質そのものを変えていくには、20年から30年のスパンが必要だと思っています。大学には、そもそも「経営の概念がない」という根深い問題があります。

 2004(平成16)年に行われた国立大学の独立行政法人化は、大学のマネジメント権限を文科省から大学側に譲り渡し、名目上は大学側に経営を植えつけようというものでしたが、実質的な効果は上がっていません。なぜなら、大学側はこれまで経営などしたこともなく、経営をできるような人材がいないからです。今でも、学者である先生が55歳や60歳といった年齢になってから、学部長を持ち回りでやっているのが現実です。はっきり言ってしまえば経営に関しては素人で、定年が近いためリスクを取るようなこともしません。

 今回の東電なんかを見ていると、民間企業でも一緒だなと感じてしまいますが、要は誰もリスクを取らない、意思決定をしない。それが大学ではさらに顕著なわけです。そこで、本当の意味での経営というものを大学に植えつけるには、産学連携から入って実績を上げていくのが一番手っ取り早い手段ではないか、と私は考えています。

■「産学連携」を大学変革のトリガーに

──産学連携というと聞こえは良いようですが、実態として表面的に終わっているものも多いと聞きます。

橋本社長 仰るとおりです。そもそも産学連携にも文科省や経産省からの補助金がつきますから、大学側もやること自体には賛成ですが、「体裁だけ整えればよい」というのが本音です。

 ただ、そこで私がいま仕掛けているのは、本当の意味での産学連携です。何が本当かというと説明が難しいのですが、要は事業の根幹を成すのは人間だということです。コンセプトや高い理想があって、そこに向かって忠誠を誓えるメンバーを集めてくれば、事業の方向性は自ずと見えてきます。金や地位や名誉のためではなく、目標に共感してコミュニケーションがきっちり取れる有能な人材を集めてくる。さらに言えば、大学というクローズドな世界の中にあっても、専門分野以外で高い能力を有する先生がいます。そういう先生は産学連携のようなオープンマインドが求められる場に適合するので、同じように志の高い企業の方とつなぐことで、本当の意味での産学連携が成立すると思っています。

 先ほど、「大学に経営を植えつけるための産学連携」と言いましたが、これはやる気と実力の備わった30代や40代の若手の先生を、今のうちから産学連携でフォローアップしていくことによって、大学に実績を持ち帰ってもらい、学内での発言力を高めてもらうのが狙いです。

 また、一部の国立大学の中には、今の状況に危機感を抱いてアクションを起こし始めているところがあります。たとえば、京都大学や大阪大学では、文科省や経産省に、現役の優秀な若手教授を出向させて、人事交流と、政策へのリンクをはじめています。こうした先生方は、省庁の政策と大学側の政策をうまくリンクさせて、実のある産学連携につなげる動きをされていますから、今後に期待していいと思います。

橋本昌隆(はしもと・まさたか) 株式会社フューチャーラボラトリ代表取締役。47歳。関西学院大学文学部卒業後、技術系人材派遣会社を経て産学連携、ビジネスプロデュースを行う専門コンサルティング会社を創業。事業企画に関するソリューション事業だけでなく、研究人材に関するキャリア支援など、多岐にわたり幅広く活動。

博士漂流時代 (榎木英介 著)巻末付録に、著者と橋本氏の対談あり。「ポスドク問題」を、さらに詳しく知りたい方におすすめの一冊。