売るのはソフトではない、「チームワーク」だ

企業情報の共有/活用は、ビジネスの礎である。グループウェア大手、サイボウズの青野社長は自社のコアコンピタンスを「チームワーク」に据え、エンドユーザーに価値を提供するという。

 「景気が冷え込んでいる今だからこそ、ピンチをチャンスに」――そう話すのはサイボウズの青野慶久社長。“SaaS”というアプリケーション提供形態が浸透化する中、外部の顧客満足度調査で常に高い成績を挙げるなど、着実にグループウェア市場をリードする同社がエンドユーザーに提供する価値について、話を聞いた。

ITmedia 2008年を走り抜いた振り返りをお願いします。

青野 今年は人材の拡充を重視しました。特に新卒の獲得には力を注ぎましたね。若い社員は“サイボウズらしい社員”に育成しやすいということもあります。サイボウズらしさとは、「チームワーク重視」「誠実さ」といった要素になります。

ITmedia 育児支援制度が評価されたり、ポスドク採用枠を設けたりするなど、独自の人事施策も目立ちました。

青野 実は、「ポスドク」という存在についてあまり意識したことがありませんでした。でもあるきっかけで、博士課程を修了した人材でも就職が難しい、ということを知り「それはもったいない!」ということで、採用に力を入れ始めました。専門知識を持ちつつ、新卒としてサイボウズらしさを吸収してくれるという意味で、新卒と中途採用の良さを兼ね備えた人材だと考えています。

 また、昨今就労問題も取りざたされていますが、時代に合わせた働き方、ワークライフバランスを提言したいですね。サイボウズでは「ワーク重視」や「ライフ重視」といった人事制度をスタッフが選択できます。そしてそれは、結婚や子育てといった生活環境の変化に応じ、再選択できます。人事施策を設けるだけでなく、選択肢を与え、自主的に選んでもらうこと。これが重要です。

ITmedia 厳しい経済環境のなか、サイボウズを取り巻くビジネスの状況をどのように捉えていますか。

青野 サイボウズでは、直販の割合はごく少ない。主体はパートナー経由のビジネスになります。われわれがアプリケーション、グループウェアの開発に特化するという形で、ライセンスだけ提供する。このビジネスは2008年も順調に伸びました。

 ただ、製品の提供は順調でしたが、「使い方」を伝えられていないなという反省があります。エンドユーザー自身の試行錯誤に委ねてしまっている面があるのです。限られたIT投資の中でサイボウズ製品を選択してくれたユーザーのためにも、既存顧客マーケティングに力を入れたいと考えています。

 日本市場における競合としてはノーツやExchangeなどが挙げられます。どちらも強大です。では、なぜそこでサイボウズが実績を挙げられたのでしょう? 理由は1つです。それは、競合の製品を利用しているユーザーが、サイボウズに乗り換えてくれるからですね。それまで使っていたグループウェアには、「使いにくい」「使わない」という評価をされてしまう状況が、市場にはあったのです。

 と同時に、サイボウズがいつ競合に抜かれてもおかしくない、ということでもあります。既存ユーザーが本当に使ってくれているだろうか? 満足しているだろうか? ということの把握と解決のため、施策を打ちます。

 具体的には、カスタマーサービス部に、既存ユーザーへの対応を専門とするチームを設けました。ユーザーに対し、メールや電話でわれわれから定期的にアプローチします。そして、うまく使えていなかったり、満足していなかったりするユーザーをフォローしていきます。これからユーザーの中では、Googleカレンダーなども選択肢に入ってくるでしょう。この施策はそういった無料サービスに対する差別化にもなります。

「使いやすさ」よりも「皆が使えること」が大事

ITmedia 既存ユーザーへの対応重視という施策には、「市場の飽和」という事情もあるのでしょうか。

青野 確かに、グループウェア市場は飽和した、といわれることは多いですね。しかしわたしは、まだまだ伸びると考えています。例えばグループウェアを未導入の中堅中小企業にもっと使ってほしいですし、既存ユーザーにだって、社内の部門グループウェアとして新規で使ってほしい。グループウェアはスケジューラや掲示板だけではありません。SNS機能、ブログ機能なども取り込み、周辺機能へも拡大できると考えています。

 市場がまだ伸びる根拠としては、われわれが提供するアプリケーションの変化、そしてそれに伴うユーザー層の変化という事情もあります。サイボウズではグループウェア製品に対し、大規模マネジメント機能の実装を進めてきました。ログ管理、アクセスコントロールといった面が強化されたことで、これまでの強みであった中堅中小企業に加え、エンタープライズクラスのユーザーも増えました。例えば実績としては、岡山県庁で1万6000ユーザー、大和証券で4500ユーザー(今後増加予定)の稼働にいたりました。

「ユーザーが使っているかどうか」を重視する青野社長の発言からは、「売りっ放しはしない」というこだわりが見て取れる 同時に、中堅中小、そしてそれ以下の規模でビジネスを進めているユーザーも重視します。使い方もそうですが、まず導入がカンタンでなければならない。サーバーレス、あるいはASP(SaaS)として利用でき、本当に「らくちんぽん」な運用(笑)ができること。これが重要です。

 例えばソフトウェアの世界では、「使いやすさ」が重要だとよくいわれますね。でも大切なのは「使いやすいこと」よりも「皆が使えること」だと思います。使いやすさを重視しすぎると、機能のショートカットに走ってしまう。銀行のATMを考えてみてください。たとえ迂遠であっても、引き出し・振込みまでのすべての段階をタッチパネルで選択させる。皆が使えるためには「急がば回れ」の精神も必要なのです。

 わたしは、導入したユーザーから「みんなサイボウズを使っています」という声を聞けると、とてもうれしいのです。なぜならグループウェアというものは、1人でも使ってくれない人がいると、別の伝達手段を考えなければならず、メンバー全体の満足度が下がってしまうから。わたしは前職で、ある大手ベンダーのグループウェアを利用していたのですが、上司が「難しい」と使ってくれず、困りました。サイボウズOfficeの開発を始めたときも、「当時の上司でも使えるように」ということを意識したくらいです。

 ただ、最近ではサイボウズOfficeもだいぶ高機能になってきました。ITビギナーには取っ付き辛くなっているかもしれないし、すべての機能を使っているというユーザーも少ないでしょう。2009年は今一度初心に立ち返り、「全員が使ってくれるように」ということを原点に、サービスを展開したいですね。

ITmedia 具体的にはどのようなサービスでしょう。

 現状では、デヂエでしょうか。この景気が悪い状況だからこそ、特に中堅企業に使ってほしい。Web上でポチポチと(笑)データベースを作成できるという、カンタンで便利なサービスです。サイボウズOfficeとの連携も、大きく改善を図りました。またライセンスも安くなっています。相当売れないと、サイボウズは儲からないくらいです(笑)。同様のサービスをSIerに依頼すると、かなり高くつくのではないでしょうか。EUC(エンドユーザーコンピューティング)を本当の意味で実現したソフトウェアだと自負しています。

ITmedia 2009年のビジョンははどのようなものですか。

 わたしもそうですが、社内では「チームワーク」をキーワードにしています。われわれがグループウェアでビジネスをしているのはなぜでしょう? それはエンドユーザーの情報共有がうまくいったり、チームワークが向上したりすることを願うからです。そのことを再定義します。そしてサイボウズが「チームワーク創造カンパニー」であることをうたっていきます。われわれはソフトウェアベンダーではありません。「チームワーク屋さん」なのです。

ITmedia 今後、サイボウズの新しい展開があれば教えてください。

この1、2年で、携帯電話の世界が大きく変わりました。従来は各キャリアのプロプライエタリなプラットフォームであったものが、Windows Mobile、Android、またはiPhoneといったオープンなプラットフォームが浸透してきたのです。サイボウズとしても、モバイル向けの新サービスを考えています。時期や内容をお話できないのが残念ですが、期待してください。