文系博士、出口ないトンネル

 「学位も職もないまま、年齢だけを重ねていく。文系博士は出口のないトンネル」と話すのは、博士課程在籍の6年間に常勤職に約50回応募した社会学専攻の男性(33)だ。今春から私立女子大で専任講師として働くが、博士号はまだ取得していない。

 文系ではそもそも博士号の授与率が極めて低い。文部科学省が修業年限内に博士号を得た学生の割合を2005年度に調べたところ、工学52・8%、理学46・3%に対し、社会科学は15・2%、人文科学は7・1%だった。

 同省は「文系の博士号は研究者人生の集大成という意識が強く、学位のないまま職につくのが一般的だった」と分析。博士課程への進学者が増えても現場の意識は変わらない。

 経済的にも文系博士は苦しい。ポスドク雇用の財源になる競争的研究資金は自然科学分野が中心。文系の主な働き口である非常勤講師の平均像は、2・7校を掛け持ちして90分授業を週9・1回行い、年収287万円(首都圏大学非常勤講師組合などの調べ)だ。

 「論文を書く時間がなく常勤職に応募もできない。任期付きでも雇用があるだけ理系博士は恵まれている」と、この男性は嘆く。

准教授が不法駐車見回り

 九州の国立大准教授の女性(44)は本来の職務以外の仕事に追われる地方大の苦悩を訴える。

 研究に使える校費は、5年前の130万円から30万円に激減した。電気代やコピー代に消え、学会出張や特許維持のため、給与から研究費に毎年100万円以上を寄付する。

 講義や実習に忙しく、自分の実験に専念できるのは夜間や週末だけで焦りが募る。一方、授業料未納者への催促電話や蛍光灯交換、不法駐車の見回りなど「ここまで教官がやるの?」という仕事は増え続ける。

 本務以外に追われる中、ポスト獲得が研究業績だけの競争になったら、研究に専念するポスドクに勝てない。「中高年の博士漂流が起きる」と悲鳴を上げる。反対に、准教授などの公募で、教育経験や細かな条件が付く現状は、ポスドクから「不透明」「縁故採用」と、憤りの声も上がる。

就職の苦労、知ってもらえた

 「末は博士か大臣か」と言うように、博士はエリートと思われているだけに、苦労が理解されにくい。

 ポスドクの男性は「記事を読んで、親がようやく就職の苦労を理解してくれるようになった」という。

 長崎市の男性(65)も「息子に相談されて半信半疑だったが、多大な税金で育てた若手が国のために働けないのは、国のシステムがおかしい」と憤る。

 「大臣になれば自動的に給料がもらえるが、博士だけでは給料はもらえない」。助手や非常勤講師を経て、民間企業に就職した女性(36)はこう自嘲(じちょう)する。周囲には、将来が不安で体を壊しても研究を続ける博士も多かったという。「現実を知っていたら、博士課程に進まなかった」と嘆く。

 「ここまで来たのだから、自分の道を進んでほしい」。研究所の技術補助員の女性(30)は、ポスドクの夫(29)を応援する。ただ、5歳と1歳の子供がいるだけに、「妥協して正職員になってほしい」と思う時があるのも事実だ。

 最後に、「中高生が『数学・物理を勉強しても何の役にも立たない』『分数ができなくても、楽に稼げる仕事はある』と思って、学力低下をさらに正当化する」という意見もあった。

 漂う博士の現状を放置すれば、若い世代に間違ったメッセージを送ることになりかねない。